第2章 演練
「誰かを疎かにしそうで、俺はそれが怖い。」
男は呟いた。
声には不安が滲んでいた。
それは何年も審神者をやっていて、且つそれほど刀剣が多くない今でも思っていることだった。
男はソファの上で体育座りをして、顔を埋める。
情けない自分は嫌いだ。
そんな姿を、彼らには見せたくない。
かちり、ドライヤーの風が止むとともにスイッチを切る音が聞こえた。
もう終わったのかと、男は礼を言うべく口を開こうとした。
「きみはちゃんと俺たちの主をやってる。」
男は口を開けたまま目を見開いた。
耳が拾ったのは、確かに鶴丸国永の声だった。
突然の言葉に、男の顔は情けないままだ。
しかし徐々に理解していくと、じわりじわりとそれは男の心に染み渡っていく。
飾り気のない言葉。
鶴丸国永の本心だと分かるからこそ、男はついうっかり泣いてしまいそうになる。
「はは、鶴はずるいなあ…」
吐いた言葉は震えていた。
鶴丸国永は、どうしてこうも男がほしい言葉をくれるのか。
普段が普段なだけに、こうして二人きりになったときに惜しみなく与えられる優しさと真摯さに、男はやっぱり鶴丸国永を好きになる。
まるで底なし沼だ。
男の髪を梳かしていた手が止まり、代わりに頭をぽんと叩かれる。
それすらも優しくて温かくて、我慢した涙がまた出そうになる。
これで好きになるななんて、それこそ無理な話だ。