第10章 雪解け
「おい、あるじ」
回想へと意識を飛ばしていた男を、鶴丸国永が呼び戻す。
男ははっとして、思わず鶴丸国永の顔を見てしまった。
だめだ。かっこよすぎる。
ばちりと絡み合った視線に、男はその近さを自覚する。
こんなに間近で見ても美しいとなると、嫉妬心さえ湧かない。
男はじわじわと体温が上がっていくのを感じながら、再び目を逸らした。
そんな男の態度に、鶴丸国永の口からは重たいため息が漏れる。
「あのなあ、そんなあからさまに避けられると流石に傷つくんだが」
鶴丸国永は壁についていた手を離し、同じ手で頭をがしがしと掻いた。
男はなおも顔をそらしながら、唇を尖らせる。
男にだって言い分はある。
けれどどうしてもそれを掘り返す勇気はなかった。
代わりにとでもいうように、先ほどからずっと気にかかっていたことを聞く。
「………見た?」
主語のないそれを鶴丸国永はすぐに理解したようで、頭を掻く手を止め母音を漏らした。
「あー、いや、…すまん、見た」
やっぱりか。
男は言い訳することを諦めて、鶴丸国永の胸に着流しを押し付ける。
「いいよ、こっちこそ、ごめん。…、」
気持ち悪かっただろ、と言おうとして、その言葉を飲み込んだ。
これ以上自分で自分を傷つけるのも嫌になって、男の謝る声だけが部屋に響く。
鶴丸国永が着流しを受け取ったのを見て、男は彼を押し退け逃げた。
「あっ、こら!あるじ!」
男が駆け出してすぐ、誤魔化されたと気づいた鶴丸国永の声が廊下にまで届く。
男はそれを無視して、自分の部屋へと駆け込んだのだった。