第9章 思い出を辿る
37
その日の夜、男は本丸に帰って夕餉をすませた後、山姥切国広と二人で酒を飲み交わしていた。
部屋にある火鉢の炭が、時折ぱちりと弾けては火の粉を上げる。
部屋の温度は酒が入っているのもあるだろうが、なかなかにあったかい。
男は和で整えられた本丸にはどうもちぐはぐな白ワインを一気に流し込んだ。
辛口のワインは喉をひりと焼いて、胃に流れていく。
山姥切国広はそんな男を見ながら、自分も熱燗を一気に煽った。
寒い冬の夜はこれに限る。
「今日はな、」
山姥切国広が男の飲んでいるワインの銘柄を見ていると、火照って赤くそまったかんばせを緩めながら、男は話し出した。
声はいつもより緩やかで、ふわふわとしている。
「薬研と行ってきたところを長谷部と行ってきたんだ」
それは今日、朝から現代へ行っていた己の主とへし切長谷部のことだった。
薬研と現代に行ったという話なら、山姥切国広も何度と聞いたことがある。
けれど薬研藤四郎がいなくなってから、こんなにも穏やかに彼の話をする男を見るのは初めてで一瞬面喰らう。
「懐かしかったなぁ」
男はそう呟いてから、空になったグラスに今度は赤ワインを注いだ。
何度かグラスを揺らせば、それに合わせて中に入っているワインが揺れる。
濃い赤紫のそれは、少しばかり薬研藤四郎を思い起こさせた。