第9章 思い出を辿る
その言葉はへし切長谷部のこころに響いた。
今まで抱えていた罪悪感とか恐怖とか、そういった負の感情を一掃して、残ったのはどこまでも暖かいぬくもりと喜びと、とてつもない満足感。
自分の行動が間違っていないのだと肯定されることが、こんなにも心強いだなんてへし切長谷部は今この瞬間まで知らなかった。
男の言葉は、たしかに彼のこころを救った。
ああ、そうか。
間違っていなかったのか。
自分にも、救えていたものがあったのか。
「あるじ、おれは、」
へし切長谷部はこみ上げてくる全てを受け入れて、たった一人の己の主に言葉を伝える。
「おれは、あなたのそばにいたい」
欲しいもの、と聞かれて浮かんでくるものはいくつもある。
主の信、必要とされるこころ、ゆるし、主の家臣である証。
けれど、ほんとうに欲しいものは。
へし切長谷部という刀が望むものは。
ただ、主のそばに。
こころと身体をもって、寄り添っていたい。
織田信長でもなく、黒田長政でもなく、目の前にいる自分を認めてくれる世界でたった一人の男に。
男はへし切長谷部の言葉を受けて、目元を緩めた。
ふは、と空気を吐き出して、へし切長谷部の頬を両手で包む。
今日のへし切長谷部は泣き虫だ。
「ばかだなあ、そんなの俺だって一緒だよ。そばにいて、俺を守ってくれ。」
男が溢した笑みは、何よりも美しく愛らしい。
慈愛に満ちた瞳は、それこそが何よりもへし切長谷部をゆるし愛してくれているという証拠だ。
どうしてこの主はこんなにも俺の欲した言葉をくれるのだろう。
これだから、俺は主のそばにいることを諦められない。
「主命とあらば、いえ、例えあなたが命じなくとも」
へし切長谷部は心にあったわだかまりが溶けていくのを感じながら、そう、口にしたのだった。