第9章 思い出を辿る
へし切長谷部はそこまで言うと、瞳を閉じた。
その拍子に溢れた涙が、男の手にも伝う。
「…長谷部、俺はおまえがいなくなったらいやだよ。」
男はへし切長谷部の涙を、指先でそっと拭ってやった。
「今日な、俺と長谷部で行った場所は、ぜんぶ薬研とも行ったところなんだ。」
「…薬研と?」
「ああ。まだ長谷部がうちに来てない頃に、ふたりで。」
僅かに吹いた生温い風が、男とへし切長谷部の頬を撫ぜる。
ふたりの輪郭をなぞるように吹く風を感じながら、男は瞳を伏せた。
「俺は、お前たちがいなければここにいなかった。こうして、立ち直ることなんてできなかった。長谷部は薬研のことを自分のせいだって言うけど、それはちがう。なに一つ、長谷部は間違ったことなんてしてない。あのとき、長谷部がああしてくれなかったら、きっと折れたのは薬研だけじゃなかった。」
へし切長谷部の、藤色の瞳が揺れる。
男は一呼吸おいてから、じっと彼を見つめた。
「長谷部が守ってくれたんだ。ほんとうに、ありがとう。」