第9章 思い出を辿る
あの、抜け殻になってしまったような己の主の姿が忘れられない。
自分よりも薄く細い肩を震わせて、静かに痛みに耐えるように泣く男の姿が忘れられない。
へし切長谷部は知っていた。
だって、何よりも主が大切だったから。
部屋の前で声をかけようとしては閉じた口。
障子の取っ手に手をかけてはその手を下ろす日々。
そうしているうちに、へし切長谷部は自分は許されていないのだと気づいた。
許されてはならないのだと、気づいた。
ちがう。
自分でそう思うことで、捨てられるかもしれないという恐怖を閉じ込めたのだ。
本当は、ただ怖かっただけなのだ。
「山姥切からあとになって聞きました。あなたの本音を、こころを。俺はあなたに棄てられないかと怯えるばかりに、その場にいることすらできなかった。山姥切のようになれたらと、あの日ほど思ったことはありません。結局、俺は怖かったんです。あなたに棄てられるかもしれないということが。あるじを信じることもできず、大切なものを奪ってばかりの俺が、あるじのそばにいることなど…」