第9章 思い出を辿る
「おれ、は…」
へし切長谷部が言葉を紡ごうとして、しかしそれは涙に溺れる。
男がへし切長谷部の涙を見るのは二度目だ。
一度目は薬研藤四郎が折れてすぐのこと。
自分を刀解してくれと頭を下げながら。
顔は見えなかったけれど、あの時の声は覚えている。
「おれは、あなたの大切な刀を折りました。おれは…、おれが、あなたから薬研藤四郎をうばった。」
へし切長谷部はなお涙を流しながら言う。
男はそれになにを言うでもなく、静かに耳を傾けた。
「あるじは、おれをゆるすと言って下さいました。…安心していたんです。ああ、まだあるじのそばにいることができると。」
彼が言っているのは、あの日の手入れ部屋でのことだろう。
「けれど、ちがった。おれにそんな資格はないのだと、あとになって気づきました。日に日に痩せ細っていくあるじを見て、おれは自分がした事の重大さに気づいた。何かにおびえるあるじを見て、おれはあるじから薬研藤四郎という存在以上のものを奪ってしまったことに気づいた。」