第9章 思い出を辿る
「長谷部、ずっと俺のこと避けてただろう。こうでもしないと、ふたりでゆっくり話しもできないんじゃないかと思ってな。」
薬研藤四郎が折れてから、へし切長谷部は男を避けるようになった。
もちろん、出陣や遠征など命じられたことはきちんとこなすが、以前とはやはりどこか違った。
薬研藤四郎が折れた日、その部隊の隊長を務めていたのはへし切長谷部だった。
堕ちた薬研藤四郎を斬ったのも、隊長であったへし切長谷部であった。
彼は、ずっとそのことを気に病んでいる。
「避けてなど…」
へし切長谷部は気まずそうに呟いた。
「いいんだ、別に。お前たちに心を与えたのも、人の身を与えたのも俺だ。俺が喚び起こさなければ長谷部はこんなにも辛い思いをすることはなかったし、薬研が堕ちることもなかった。」
「それは…!」
「でもな、長谷部」
男の言葉に、へし切長谷部は思わず声を荒げた。
しかしその声を、男の優しい声が遮る。
「俺は、お前たちにそんな思いをさせてしまったけど、させてしまっているけど、それでも、出会えてよかったって思ってるよ。」
男は言った。
へし切長谷部の瞳に、男の顔が映る。
「お前たちと出会えたことを、過ごした日々を、俺にはなかったことにできない。」
男の手が、へし切長谷部の頬に触れる。
触れた頬は人間のものとは違う、冷たい体温。
けれど、そこに流れる涙は熱かった。