第9章 思い出を辿る
へし切長谷部の部屋につくと、男は声をかけてから返事も待たずに勢いよく障子を開けた。
部屋で経理の仕事をしていてくれたらしいへし切長谷部は、筆を持ったまま目をぱちくりさせている。
「長谷部、現代に行くぞ!」
突然の男の誘いに、へし切長谷部は数回瞬きした後、はっと我に返り持っていた筆を置き膝をついた。
「ご、護衛でしょうか…?」
あまりに突然のことに今一理解できないへし切長谷部は、とりあえず思いつくことを口にする。
「いや、二人でうまいもんでも食って買い物しよう。」
男はそんなへし切長谷部を見て、頬を緩める。
男が口にした答えに、以前のへし切長谷部であれば背景に桜を散らし喜んでいたのだろうが、今は違う。
気まずそうに視線を逸らし、それから小さな声で言った。
「いえ、そんな、俺ごときが主と共に食事を取るなど…、もちろん、嬉しいのですが、その、やはり…」
もごもごと言葉を並べるへし切長谷部とは、やはり一度ふたりでゆっくり話さなくてはならない。
男は再び強く感じて、へし切長谷部の手を取った。
「あ、あるじ?!」
「いいからいいから。俺はお前と行きたいの。うまいラーメンも食べたいし、パフェだって食べたい。」
へし切長谷部は、男に手を引かれるまま己の部屋を出、大広間を通り過ぎ、やがて玄関口に到着した。
その間に男が口にした聞き慣れない単語に、へし切長谷部は思わず聞き返す。
「らーめん?ぱふぇ…?」
そうしたら最後。
男は振り返って、にやりとイタズラが成功したような笑みを浮かべた。
しまった、と思ったが時すでに遅し。
「気になるか?気になるだろう。今日は特別に俺の奢りだ。ラーメンとパフェが何か知りたかったら、おとなしくついてくることだな。」
男のしたり顔をみて、へし切長谷部はそれが罠だったことに気づく。
仕方がないと諦めて、靴に足を通すのだった。