第8章 崩壊
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次に男が目を覚ましたのは、その翌日の夕方であった。
ほとんど丸一日眠っていた男が一番初めに発した言葉は、腹減った、である。
しかも盛大なお腹の虫の鳴き声とともに。
状況はいまいち掴めていないが、久しぶりの深い睡眠は男の頭をすっきりさせた。
こわい夢も、寂しさで埋もれるような夢も、罪悪感に押しつぶされるような夢も見なかった。
それは恐らく、男が気を失う前にあった一悶着のお陰なのだろう。
とりあえず、と状況確認をするため上体を起こし辺りを見回せば、そこはどうやら男の部屋であるらしいということは分かった。
次に目に入ったのは、壁に背を預け寝息を立てている山姥切国広だ。
普段被っているはずの布はずれ落ち、その端正な顔はあどけなさを残して晒されている。
男は微笑ましい光景に小さく笑い、布団のすぐそばにある桶とその中に入っている水の存在に気づく。
枕のすぐそばを見れば、手拭いが落ちているのが目に入った。
「……そういうことか」
ようやく状況を理解した男は、次に時計を見る。
五時を少し過ぎた所。
夕方であるということは、遠くから短刀たちの声が聞こえたことで分かった。