第8章 崩壊
「なあ、俺は、なにも知らないんだ。あの子がなにを思って、なにを考えていたのか。おれは、なにも知らない。」
声は涙で溺れていた。
男は、なにも知らなかった。
どうして薬研藤四郎が堕ちたのか。
何を悩んでいたのか。
彼の時折見せる、あの表情が意味するものはなんだったのか。
考えれば考えるほど、男は薬研藤四郎のことを如何に知っていなかったかを知る。
泣き崩れる男に、山姥切国広が男を見下ろしながら言う。
「あんただけのせいじゃない。俺だって、何もしてやれなかった。」
その声は、悔いを多分に含んでいた。
山姥切国広だって、後悔しているのだ。
もしかしたら、時折魘されていた夢に関係あるんじゃなかったのか。
もしあの時無理矢理にでも主に相談するように言っていれば、違ったんじゃないか。
主には無理でも、誰か、誰でもいい。
相談に乗ってあげるべきだったんだ。
気づいてあげるべきだった。
重い空気が漂う中で、それでも鶴丸国永は言わなければならないことを言う。
今のままでは、根本的な問題はまだ何も解決していないのだ。
「それなら、余計にだ。ここにいる刀を、俺たちを大事にしてくれ。これじゃあ、俺たちはいてもいなくても一緒だ。俺たちが俺たちである必要すらなくなっちまう。」