第8章 崩壊
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男の登場に先程までの喧騒は止み、皆が皆、男の方を見る。
男が大広間に姿を現したこと自体が久しぶりだったから、そうなるのも必然といえば必然。
大小はあれど驚いている刀剣たちだが、次の瞬間には更に驚くことになる。
誰もが動かずにいる中、初期刀である山姥切国広は違った。
づかづかと大股で男に近づくと、掌に力を込めグーで殴ったのだ。
一同は目を疑う。
バキッと痛そうな音が聞こえ、次いでダンッと僅かに床が揺れる。
本気ではないだろうが中々の力で殴られた男は、後ろに吹っ飛んだ後畳に叩きつけられた。
あまりの出来事に、刀剣たちは誰一人として男の身を案ずる言葉すら浮かんでこなかった。
しかしそれでは終わらない。
山姥切国広は吹っ飛んだ男のもとに行き、倒れている身体を胸倉を掴んで無理矢理立ち上がらせた。
「くにひろ…」
苦痛に顔を歪めながらも、男が声を発する。
いきなり殴られ混乱している男に、山姥切国広は目の前が赤くなるのを感じる。
それは怒りだった。
もしかしたら、誰よりも腸が煮えくり返っていたのは山姥切国広なのかもしれない。
初期刀で、男の信を一身に受けているにも関わらず、薬研藤四郎を失った男は決して山姥切国広に頼ろうとせず、また弱音の一つも吐かなかった。
山姥切国広はそのことが悲しかった。