第8章 崩壊
中庭、馬小屋を探したが結局見つからず。
五虎退は重たい足取りで男の部屋へと向かう。
男の部屋に行くのは、本当に久しぶりであった。
薬研藤四郎が折れてから数日しか経ってないにも関わらず、五虎退はまるで何ヶ月も経った気がしてならない。
部屋の前につくと、やはり五虎退は躊躇った。
いるかいないかも分からないのに、男の邪魔になりやしないだろうか。
ぐるぐると巡る思考に、足元に虎がすり寄ってくる。
一匹の虎が襖と柱の間に鼻を挟むのを見て、ああここから覗いていなければ退散すればいいのかと思い、御虎退はそっと中の様子を覗いた。
「あっ…」
虎くん、と言いそうになって、五虎退は手で口を塞ぐ。
最後の一匹は、男の部屋にいた。
正確にいえば、作業をする男の膝の上。
くあり、と欠伸をする所をみると、相当その場所を気に入っているのだろう。
男も、時折手を止めては虎の耳の裏を掻いてやっている。
今なら、入れるかもしれない。
入れなくても、声をかけるだけでもいい。
虎があれだけ安心しているということは、大丈夫なはずだ。
五虎退は、意を決して襖に手をかける。
声をかけようと、息を吸って、
「薬研…」
そこで、止まってしまった。
今の声は、男の声だ。
五虎退は固まる。
そろそろと隙間から様子を見れば、男は泣いていた。
作業する手は止まり、ただ嗚咽もあげずに静かに泣いていた。
五虎退のこころの、いちばんやわいところに、鈍くて重い痛みが走る。
男の膝に乗っている虎が、そんな男の様子を見て慰めるようにその涙をちろちろと舐めている。
五虎退は堪らず逃げ出した。
だって、こんなのあんまりだ。
自分たちはここにいるのに。
薬研藤四郎ばかりが、男の刀剣ではないのに。
男は自分たちを見ていない。
折れた薬研藤四郎ばかり追っている。
なんで。どうして。
「あるじさま…っ」
薬研藤四郎が折れたと聞いた時でも我慢できた涙が、タンクいっぱいになって許容量を超えたようにはらはらとこぼれる。
ぼくらは、もういらない?
薬研兄じゃなくて、ぼくらが折れればよかった?
主さまに必要とされない刀なら、ぼくたちはなんでここにいるんだろう。