第8章 崩壊
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その日、五虎退は本丸中を駆けていた。
今日の季節は冬、天気は雨だ。
昨日降って積もった雪が、今では朝から続く雨によって全て溶かされてしまった。
五虎退は、雪が好きだった。
雪、白くてふわふわしてて、冷たくってきれいなもの。
ずっと触れてると溶けてしまうそれ。
刀のころから幾度か目にしたことはあれど、触れたことはなかったから、初めて触れた雪は五虎退に驚きと感動をもたらした。
主である男には、雪で遊ぶことを教わった。
かまくら、雪だるま、雪合戦。
冬になると、男の本丸ではいつも雪合戦大会が開かれる。
五虎退や小夜左文字は、それをかまくらの中からよく見ていたものだ。
五虎退はそこまで思い出して、ずきりと胸が痛むのを感じる。
そう、好きだったのだ。
きれいな雪に、大好きな主と仲間たち。
はしゃぐ声は空高くまで響き、びしょびしょになって帰ってきては歌仙兼定に怒られていた。
体が冷えて、男が体調を崩したこともあった。
全部が、五虎退の大切な思い出。
けれど、そんな日はもう来ないのかもしれない。
五虎退は足を止めて、ふと中庭を見る。
あんなに雪が怖いと思ったのは初めてだった。
静かに降り続く雪はしんしんと積もっていき、積もった表面は真っ白で音を吸収する。
ぱたりと止んだ本丸の活気がより際立って、五虎退を追いつめた。
雪に埋もれて、何もかもなくなってしまうようだった。
真っ白にかき消されて、まるで初めから何もなかったかのように。
一人ではないはずなのに、どこまでも孤独だった。
だから、今朝雨が降っているのを見て心底安心したものだ。