第6章 薬研藤四郎という刀
ふたりきりになった薬研藤四郎と男は、いつまでもここに立っているのもなんだからと、自室の襖を閉め、縁側に腰をかける。
少し肌寒い秋の夜に、着流し一枚では少し心もとない。
男が薬研藤四郎のためにと羽織を取りに行こうとして、それを見越した薬研藤四郎が構わないと首を振る。
「大将、疲れた顔してるぜ」
隣に腰掛けて足をぶらんぶらんとしている薬研藤四郎は、男の顔を見ずに言った。
「今日は濃い一日だったんだ。目覚めは悪いし、鶴と三日月はキレるし、それでさっきのあれだ。」
男は今日一日の出来事を思い出しながら答える。
身体よりも心が疲れた一日だった。
「…鶴丸に、嫌われたのかなぁ」
不安が、ぽとり。
溢れたそれを、薬研藤四郎は聞き逃さない。
「そんなことねぇよ。俺はむしろ逆だと思うが…ま、気になるなら自分で聞くこった。」
「薬研も意地悪だなあ」
「意地悪なもんか。俺っちはいつだって大将を甘やかしてるだろ」
薬研藤四郎が言えば、それもそうだと男は笑う。
彼が男に甘いことは、男も承知していた。
「なあ、大将」
薬研藤四郎が控え気味にそう呼びかけるのに、男は何だと彼の話に耳を傾ける。
薬研藤四郎の顔は先程の表情とは異なり、難しそうな顔をしていた。
困ったような、苦しそうな、どうすればいいか分からないような、迷子になった子供のようなそれ。
最近の薬研藤四郎は、よくこの顔をする。
男は心に不安が広がるのを感じて、やげん、と呼びかけた。