第6章 薬研藤四郎という刀
「…いや、何でもない」
男の呼びかけにはっとして、薬研藤四郎はそう言い放った。
何でもないはずないことは男にも分かったが、どうすればよいか分からない。
迷った素振りをする男を見て、薬研藤四郎は笑う。
「本当になんでもない。気にすんな。それより大将も疲れてるだろ?今日はもう寝た方がいい。」
あからさまに逸らされた話に男が眉を顰めるも、薬研藤四郎は気づかないフリをする。
「ああ、でも、」
「ほら寝た寝た。明日これで体調壊されちゃかなわんからなあ。」
薬研藤四郎が立ち上がったのを見て、これはもう何を聞いても答えてくれないだろうと男は諦める。
腰を上げ自室へ促されるまま足を運んだ。
「おやすみ、大将」
「おやすみ…」
「ははっ、ひどい顔だ。ちょっとしゃがんでくれるか?」
疲れと未だ心に残る鶴丸国永に言われた言葉。それから薬研藤四郎の態度。
それらが合わさって、男の顔はなんとも酷いものだった。
そんな男の顔を見て、薬研藤四郎はしゃがむように促す。
男は言われた通り、薬研藤四郎の目線ほどにまでしゃがむ。
「まじないだ。あんたが、幸せであるように。」
そう言って、薬研藤四郎は男の額に、それから頬に。
順番にキスを落とした。
触れるだけのキスをくすぐったく感じながらも、男はそれを甘受する。
「なんだよ、急に」
「だーかーら、まじないだ。大将には、あんたには、いつだって幸せでいて欲しいんだ。」
「恥ずかしいこと言うな。照れる。」
「おうおう、存分に照れてくれや。…もう、大丈夫だな。今度こそ、おやすみ。」
何時ものように豪快に笑ったあと、薬研藤四郎は綺麗に微笑んで男から離れた。
それに男は、何も疑うことなくおやすみと返してから眠りについた。