第6章 薬研藤四郎という刀
「眠いのなら布団で眠るといい。鶴の話が聞きたいのなら、またいつでも話そう。」
三日月宗近の言葉に甘え、今日はもう眠ることにする。
男は布団に就くべく、立ち上がった。
と、立ち上がったはいいが、バランスを崩してしまいよろける。
あ、これやばい。
顔から転けることを覚悟して、男はその衝撃に備え目を瞑った。
「………」
しかし来るはずの痛みは何故かこない。
痛みの代わりとでもいうようにあるのは、身体に触れる布と人の感触。
……ん?ひと?
男はもしかして、と目を開ける。
現れたのは美しいかんばせ。
青の中に潜む三日月がはっきりと見えて、その近さにびっくりする。
「え、あ、ごめん」
状況を説明するならば、男が三日月宗近を押し倒した図、といえば分かりやすいだろうか。
恐らく男が転けそうになるのを助けようとして、自分も転けたのだろう。
鈍臭いとは思わないでもないが、ご愛嬌ということにしておく。
男は退こうとして、そこで既視感を覚えた。
どうして既視感を覚えるのだろう。
心当たりはないのに何かが引っかかって、男はそれを思い出そうとして目を閉じた。
まさに時機が悪いとしか言えない。
男が目を閉じて数秒後、組み敷かれた状態のままの三日月宗近が男にキスをするのと、男の部屋の襖が開くのはほぼ同時だった。