第6章 薬研藤四郎という刀
目を開ければ、その瞳に映った世界は真っ赤に染まっていた。
炎だ。
ゆらゆらと成長していく様は、恐ろしく、どこか美しくすら感じる。
目の前には薬研藤四郎。
彼は炎の中で、今までにないほど美しく、また本望だと言うようにそこにあった。
男は息を呑んだ。
そんな薬研藤四郎を、見たことが無かったからだ。
言葉を発しようとして、空気を取り込む。
その瞬間、今まで感じなかった熱が男を覆った。
肺には煙が入り込み、うまく息ができない。
自分の周りを覆う炎はどこまでも熱い。
あつい、あつい、あつい。
喉がやける。
皮膚がやける。
目が乾いて生理的な涙が止まらない。
男は薬研藤四郎を呼ぼうと、必死に声を振り絞った。
やげん、やげん、やげん。
この炎の中叫んだせいだろうか、咳が止まらず更に男を苦しめる。
しかし薬研藤四郎は、こちらに目もくれない。
気づいてないのだろうか。
気づいてはくれないのだろうか。
それとも薬研藤四郎にとって、男とは、主とは、それ程の存在にしかすぎないのだろうか。
男は朦朧とする意識のなかで、そんなことを考える。
視界も霞みがかってき、いよいよ危険な状態になってきた。
それを理解するより早く、目の前に立っていた薬研藤四郎が溶け始める。
男は目を見張り、ほとんど機能しなくなった脳を起こす。
やげん、やげん、やげん。
どこにいく。
お前はどこにいこうとしている。
いくな。いかないでくれ。
たのむから、消えてしまわないで。