第6章 薬研藤四郎という刀
17
「うーん…」
その日、男は悩んでいた。
それはもう悩んでいた。
どの位悩んでいたのかというと、男の大好きなアイスクリームが溶けてしまう位には悩んでいた。
そしてまた、男の隣に座る平野藤四郎も悩んでいた。
暑くもないのに、焦りで米神にたらりと汗が流れる。
平野藤四郎はそれを拭うか暫し迷ってから、拭わないことにした。
己の主が悩んでいるのに、自分だけ汗を拭い少しでもその迷いから解放されようとしていることが許せなかった。
平野藤四郎は本当にいい子である。
しかしどうしたって気になるのは、男がどうしてここまで悩んでいるのかということだ。
ついでにこの溶けてしまったアイスの末路も気になる。
やはり台所に流されてしまうのだろうか。もったいない。
平野藤四郎は、男に声をかけるべきか悩んでいた。
主君の悩みを聞き、少しでも負担を減らすことが近侍である自分の役目では、と思ったのだが、人には聞いて欲しくない悩みだってあるだろう。
そのことを考えると、平野藤四郎の開こうとした口はたちまち閉ざされてしまう。