第6章 薬研藤四郎という刀
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薬研藤四郎、または薬研通吉光ともいう。
彼にはある逸話が伝えられる。
室町幕府管領畠山政長が自害しようとした際、なかなか腹に刺さらないこの刀を苛立ちに任せて投げた。
すると薬草を擂り潰す薬研を見事に貫いたという。
薬研には刺さるが主は傷つけないというものであった。
彼の名前もここから来ている。
そんな薬研藤四郎であるが、男のいた時代では所在不明。
恐らく焼失したのだろうという説が有効だが、真実は未だに分かっていない。
薬研藤四郎は、男の初鍛刀で顕現した短刀である。
見た目が幼く色白な薬研藤四郎は、しかし中身はそうではなかった。
初めて人の身を手に入れ、自分の主になるであろう男に挨拶すれば、男は驚きに腰を抜かしたのを覚えている。
彼は前の主の性質を継いでいるのか、それはそれは男気に溢れ豪胆であった。
それに加え面倒見もよく、知識欲が強い。
男は薬研藤四郎に頼まれた医療の本を与え、医務室に見立てたものを作った。
薬研藤四郎は日に日に知識を吸収し、この本丸で皆から頼られる存在となった。
かく言う男も、その一人である。
男は薬研藤四郎に一番甘え、そして甘やかされていた。
彼はこの本丸で山姥切国広と並んで、最も主のことを知っている一振りであろう。
薬研藤四郎は男のことを大切に思っているし、男も贔屓しないようにとは心がけているのだろうが、やはり古参とだけあってか特別な存在に違いなかった。