第39章 月が隠れているから/上杉謙信
「愛香に縁談……?」
「ああ……是非にと言ってきているぞ」
「ふんっ……馬鹿馬鹿しい」
脇息にもたれ、酒をあおる謙信は冷笑を浮かべ信玄を見据えた。
「よほど国を滅ぼしたいとみえる。退屈しのぎに攻め滅ぼしてやる」
謙信の双子の妹である愛香に縁談話が持ち上がったのである。
相手はかなり大きな国を治める武将であり、人柄も良く見目麗しい男だそうだ。
「また断るのか?」
「当然だろう」
「お前がそんなんだから愛香が嫁にもいけず、女の幸せを手に入れることも出来ないんだぞ」
「愛香に相応しい男がこの世にいないのが悪い」
「まったくお前の愛情深さには頭があがらないな」
笑いながら信玄もまた酒をあおる。
「さて……そろそろ俺は失礼するか」
「また女か……」
「約束しているからな」
「信玄こそ早く身を固めた方がいいんじゃないか?」
「本当に欲しいと願う女は手に入らぬものだよ」
「……そうか」
まあ、俺には滅ぼされる国などないが……
その代わりに命を取られそうだ
決して謙信には言えないと思いながら信玄は、広間から出た。
「たとえ信玄であっても愛香を欲したら……迷いもなく切り刻むけどな」
薄笑いを浮かべる謙信の瞳は真剣だ