第1章 1話
軋むドアを背に私は頬に着くさらさらした生暖かい液体とここに来るまで散々嗅がされた匂いを思い出した。
「ありゃ、まだいたのか。小さな柔らかくて旨そうなお肉だ。」
部屋の中央から聞こえた声は同じ人間の若い男のものだった。
その男は切れ長の目に青い瞳とサラサラとした茶髪で綺麗な顔をした20代半ばの普通の男だった。
ただ、その男はおかしかった。白い顔には真っ赤な液体を飛び散らせ、片手に誰かの骨が飛び出て千切られた腕を持ちもう一方の手には通常のものより大きくて鋭そうな刃をしたノコギリを持っていた。
私は本能が目の前の現象が心の声により逃げろと警報がなっているにも関わらず怖気ずいて足が鉛のように重くて動かなかった。
目からは涙がみっともなく溢れ出て止まらない、そうこうしているうちに男が大きなダイニングテーブルを飛び越え私の目の前にやってきた。
通常では簡単に飛び越えられるような大きさのテーブルではない筈なのに軽々飛び越えた男の脚力が私の心に限界を教えた。
ゆっくり近づいて来た男にようやく私も足を動かせることが出来、逃げようとした。
だが、一歩遅く男の手によって肩を掴まれた。
「小さな小さなお嬢さん。お前は俺にどんな風に歪み泣き叫んで命乞いをするのかな?」
男が舌なめずりをする音。
私の両腕を掴み扉に押さえつけられた。
「うーん、いきなり殺すには勿体無い容姿だな。お兄さんが大人にしてあげようか。」
微笑んだ男は血で赤くなり、尖った歯を見せつけるように怪しく笑った。