第2章 垢をください
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その満月のような笑顔を浮かべる女性は、私と同い年か一つ上くらい。同世代であることは間違いなかった。
この場所に来てこんな風に笑いかけられたことがなかったので、少し嬉しくなりつつも私は自分に笑いかけられているのではなく、阿古さんに対してのものだったと思い返す。
自分ではない誰かのフリをして来て、こんなにももどかしい気持ちになったのは初めてだった。
そのくらい目の前の彼女の笑顔が眩しくて、噓偽りのない真っ白なものだったから。
彼女のそれは、現代ではなかなか見ることの出来ない清々しい程の笑みだったのだ。
「今日はお義母様いるの?」
「………え、あ…いや」
お義母さんが今日いるかどうか、それは聖くんや女中の人に聞かないとわからないことだったのだけど、
彼女はもう私の手を取っていて、曖昧な私の返事を聞くや否やうちの家を通り過ぎそのまま真っ直ぐに手を引いて行った。
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自分が流されやすいとは自覚してたけど、ここまで強引にされたらどうすることも出来ないよなぁ…
何度も家に帰ることを考えたが、全く外に出してもらえなかったこともありこの周辺の町中を見て回るのは楽しかった。
山崎さんたちとうどんを売っていた場所よりは、少し垢ぬけた生き生きとした人が多い印象で、多摩は子どものころ何度か来たことがあったので少しだけ懐かしい匂いを感じる。
町中を抜けて、少しの茂みを抜けると出てきた新しい街道の先に寺先のような立派な門が見えたと思うと、前を歩いていた彼女が足を速めた。
(─────うお!いきなりだな!)
履かされた足袋に溜まった汗がムズムズしてずっと気持ち悪かったのだが、ここはなかなかに風通りが良くてその不快感もいつの間にか去っていた。
けれどそんなことよりも、この先に何があるのかという好奇心と緊張が私の心を湧き立てる。
門を抜けるとそこには数人の男性がたむろしていて、私たちを見ると陽気そうに手を掲げて挨拶をしてくれた。
てっきり寺っぽいから、お坊さんかと思ったけどちゃんと髷がある…。
「勝太さんいる?」
「道場にいるよ」
彼女が数人の男性に声をかけると、一人が手ぬぐいで額の汗を拭いながら答えた。
──────「道場」
ということはここには侍がいるのかな…?
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