第2章 垢をください
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この人は一体誰だ…阿古さんとどういう関係性なのかわからない。
周りの従者が頭を下げているところからして、この家の主…?姉?母親にしては若すぎる気が…
そうこう頭を悩ませていると、その人はさっきと変わらない堅い表情のまま「あとで部屋に来るように」と一瞥してその場を後にした。
緊張から一気に開放され、逼迫感がなくなった胸をそっと撫でおろす。
怖かった…私が阿古さんでないとバレないかという恐怖もあったが、何よりあの人の威圧感がこれまで会った誰よりも恐ろしかった。
私、もしかしてここに住むことになるのかな…。
もう本当に夢なら覚めてほしかったけど、もう何日もこういう気持ちで朝を迎えている。
やっぱり、ここは現実なのかぁ…
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後で従者くんから聞いた話によれば、この家は多摩では珍しい武家の御家でこの地域一帯を元締めするほどの権力があるとかで、歴史に疎い私のはよくわからなかったけれどまぁ要するに阿古さんはやっぱりご令嬢だったのだ。
そしてさっき玄関で会ったあの女性は、なんと阿古さんの母親らしい。
といっても義理の母親で、父親が数年前に再婚してそれからこの家で暮らしているとか。
通りで似てないと思ったんだ。年も20代後半に見えたし。
阿古さんが逃げた原因って、やっぱりあの人も関係あるのだろうか。無関係ではなさそうだ。
私がいきなりこんなことを聞き出したので、従者くんもとい聖くんは「逃げている途中で頭でも打ちましたか!?」とすっごく心配してきたけれど。
とにかく本当にここが現実で、もし世にいう”タイムスリップ”してしまったなら私は一刻も早く元の時代に戻る方法を見つけなければならない。
なんかもう、開き直ってきてしまった。
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あの日以来、私は一切外に出してもらうことが出来なくなっていた。
あの晩、義理の母親にお叱りを受けた私はどうとも反論することなくあの場をやり切った。阿古さんとして。
もう彼女に成りきることに戸惑いはなくなっていた。
逆に外に逃げ出さなければ不必要にお義母さんに怒られることはなかったので、比較的過ごしやすい日々を過ごしている。
ただやっぱり、山崎さんと高津さんとうどんを売っている時の方が何倍も楽しかったとも思う。
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