第4章 ある種のおまじない(緑谷出久)
目に飛び込んでくる情報に出久はすぐ夢中になる。新ヒーローのデビュー記事、ベテランの活躍劇。
私が呼び掛けたって、返事はしても上の空。
そんな出久に、「ねぇ、知ってる?」と私は尋ねる。
「いってらっしゃいのキスをすると、事故に遭う確率が減るんだって」
「へぇー」
「出久」
「うん」
「出久ってば!」
「え、なに?」
やっと出久は顔を上げた。そしてハッとした顔をした。
「僕、こんなことしてる場合じゃなかった!」
いってきます!とドアノブに手をかけて出ていこうとする出久の掛け鞄を、私は掴んで引っ張った。
「~~~ッ、なぁになまえ、まだ何かあるの!?」
困惑した様子で振り返った出久に、にっこりと笑いかける。
「いってらっしゃい」
彼は、ぽかん、とした表情を浮かべて、「うん、」と頷いてから、大きな目をぐるんと動かして考える素振りを見せた。「あ、そういうことか」
素直に言えばいいのに。
唇を尖らしてそう言って、裸足のままの私の腰を引き寄せた。
コツン、とおでこを合わせる。
「行ってきます」
優しい声が鼓膜を揺らす。いってらっしゃい、と囁いて、触れるだけのキスをした。
- - - - - おしまい
今日は早めに帰ってきてね。