第26章 -残業-(黒尾/岩泉/花巻)
「お!凛ちゃん、さっすがー‼︎
覚えるのはやいなー!」
残業中…わたしの周りには
もう誰もいないけど、
フロアの反対側では、
残業中にもかかわらず、
楽しそうな声が聞こえてくる。
フロアの端と端なのに、よく通る声…。
声の主は誰だかわかっている。
わたしの元直上の先輩、
花巻さんだ。
密かなわたしの想い人…。
「そんな〜。
花巻さんの教え方がいいんですよ〜。」
嬉しそうな女のコの声も聞こえる。
今年の新入社員の中で、
1番可愛いと評判のコだった。
花巻さんの隣に座り、
花巻さんに仕事を教えてもらい、
仕事がうまくできると
花巻さんに褒められる…
それは去年まで、
わたしのポジションだったのに…。
でも、今年の人事異動で、
わたしは異動になり、
花巻さんとは部が離れてしまった。
もちろんわたしの異動は、
花巻さんの耳にも入っていた。
淋しくて淋しくて
仕方なかったわたしとは裏腹に
『オレが育てたんだからなー。
向こうでもしっかり頑張れよ。』
花巻さんのことばはそれだけだった。
今まで毎日隣にいて、
家族よりも一緒にいたのに、
部が変わった瞬間、
話す機会はほぼなくなってしまった。
たまに話せるのは、
廊下ですれ違うとか、
偶然帰りが一緒になった時だけ。
花巻さんはモテるし、
今は花巻さんの下には、
新入社員の可愛いコがいる。
わたしのコトなんか
忘れちゃったんだなぁ…
でも、ただの後輩なんだし、
それが当たり前なんだよね…
そう思って、新しい仕事に集中し、
花巻さんに見せつけるように、
先輩や後輩と、盛り上がって
和気あいあいと
やっているように話した。
花巻さんが見ているわけないのに。
でも、最近ふとした時に
フロアの端の席の花巻さんと、
目が合うと思う時がある。
花巻さんもわたしも、
それぞれフロアの1番壁際に
背を向けて座っているので、
遠くではあるが、
花巻さんは視界に入る。
でも、花巻さんが
わたしを見ているはずがない。
今日だって可愛い後輩と
残業を楽しんでいるんだから。
ブーッブーッ
デスクに置いてあったスマホが鳴る。
残業中だし、いっか…と思い、
メッセージアプリを起動する。
”今オレのコト見てただろ?”
メッセージは花巻さんからだった。