第1章 ひとつ×××
女に見送られ、檎の手を取り、しゃなりしゃなりと廊下を歩いた。
優雅そうに見える歩き方だが、これ、ただ重すぎて早く歩けないだけだわ。と、気付く。
やはりこの仕事ってのは楽なものではないのだなあといちいち痛感する。
白澤は上客なので、奥の座敷でどんちゃん騒ぎをしているそうな。
こんな着物を擦って歩くなんてもう正直面倒臭い。
いっそ能力(ちから)を出して重力などと言う邪魔なものを取っ払いたいのだが、いかんせん下手に多用すると周囲に迷惑がかかることが多い。
制限をすると普通の亡者レベルに貧弱になるので、この重さに耐えるのは苦行である。
「さ、この角を曲がれば…」
重い足取りでくるりと檎に導かれるままに角を曲がると…。
「布団部屋じゃわぃな」
「え、ここに白澤が居るんですか?」
「うんにゃ。旦那は此処には居らんのじゃけどな」
開けられた引き戸の奥には確かに布団がつまれ、小奇麗にはしているようだが暗いし寝具以外のものが何もなかった。
ここにもし居たとしてもおかしいような白澤ではないが、私が今こうして檎と居るのはおかしい。
「じゃあどうして…ッ!?」
― トンッ
檎に背中を押され、軟らかい布団の山の上へと倒れこんでしまう。
「…! い、一体なんのつもりなんですか!!!?」
「シィ~」
「!?」
文句を言わんとして腕の力で起き上がって振り向くと、即座に檎が指をネムの口元へと当てて来た。
顔が近い。
その指に押されるまま詰まれた布団の上へと頭を落とす。
ジャラジャラと盛られた髪飾りが鬱陶しいが、痛いような場所には無かったのが不幸中の幸いか。
私は開けっ放しの引き戸から差し込む仄かな光を背にした檎と見詰め合っている。
言葉も無く、ただこの状況をどう解釈してよいのか考えあぐねている。
「すまんのぉ。ちょいと頼みたい事があったんじゃけど」
「頼みって……こんな場所でこんな風でないといけない用なのですか?」
「端的に言うと、そうじゃ」
肯定するがそれは答えにはならない。
理由を聞かせて欲しい、頼みとは一体なんなのか。
それを口にするのも面倒な空気が漂う。