第9章 【それでもここにいる その2】
練習が始まってからの事である。
「ナイスキイイイっ。」
梟谷側から聞きなれない声が聞こえる。誰かが朝一と違いすぎと言い、言われた方はほっとけと返している。聞こえたやり取りでおやと思い梟谷の方を見やった木下は密かに驚いた。朝一寝ぼけて木兎をはたき赤葦に説教を食らっていた志野健吾である。あんな声出せるんだと思った。赤葦に説教された時のかすれまくった声とは全然違うよく通る声、まさか今までいなかった訳じゃないだろうにそういやあんな声の奴いたっけと木下は思う。そこまで思ってふと内心自嘲した。俺だって人のこと言えねえよ、他から見りゃ俺だってあんなのいたっけって言われるに決まってる。
「木下、どうした。」
また縁下に心配された。
「いや。」
何でもないと言いかけて木下はあんま縁下に変な心配させすぎんのもアレだなと考えた。
「梟谷んとこの人」
「うん。」
「が、何となく気になって。」
大体嘘じゃない。
「どの人。」
縁下は何となく疑わしそうな雰囲気を醸し出しながら尋ねてくる。
「あの声出ししてる、ちっとシャツ濡れてる奴。」
ここで丁度話が聞こえてきたらしき成田があ、と口を挟んだ。
「手洗い場で顔バシャバシャやってた人だ。」
「へえ、パッと見奇行に走りそうには見えないけど。」
既に縁下の中では奇行扱いらしい。木下は必死で笑いをこらえる。
「木下までやめてくれよ、」
縁下がじろりと見てきた。
「うちで奇行に走る奴は間に合ってるからな。」
「お、おう。」
何とか笑いを我慢しつつ木下は返事をした。