第1章 【本当は】
掃除の時間だった。複数の誰かにいじめられていた。やめろと言っているのに聞いてくれない。しまいめに空のゴミ缶を振り回してきた馬鹿がいた。
「木下っ。」
声がしたかと思ったら女の子が横から割って入ってきた。
ガァンッ
ゴミ缶は女の子の腕に当たった。
「げっ、あいつに当たった。」
「逃げるぞっ、あいつキレたらやばいっ。」
「くそ、いってぇ。おいバカヤロー共っ、逃げんなっ木下に謝れっ、それとゴミ缶回収しやがれっ。」
超絶口の悪い女の子はちっと舌打ちをしてこっちを見る。
「木下、大丈夫か。」
「何で。」
その子が学年中から嫌われているのを知っていて卑怯な自分は感謝より先にその子に助けられたことでその子と同類にされる方を恐れた。
「何で助けたんだよ。」
「あんだって。」
「誰も助けてほしいなんて言ってねーだろっ、余計なことすんなよっ。」
女の子の顔から表情が消えた。
「そーかよ。」
無表情な女の子の声は悲しそうだった。
「スルーされる方がいいならそうするよ。その代わり」
女の子は一瞬ためらった。
「恨まないでくれよ。」
烏野高校2年2組、男子排球部所属、木下久志はガバッと跳ね起きた。
「うっげ、最悪。」
中学の頃の悪夢、練習のきつさに耐えかね一時逃げ出すより更に前の卑怯な自分の姿、寝覚めが悪いにも程がある。木下はため息をついた。これがまだ苦い思い出だけで済むなら良かった。しかし自分がひどいことを言ってしまったあの子は今、
「何で学校もクラスも一緒なんだよ。」
木下はひとりごとを言った。その子の名は真島優子と言った。
「お前よ、やたら真島を避けるよな。」
とある日、部活が一緒の田中龍之介に言われて木下はぎくりとした。
「いやっ、ああ、何となく苦手なんだよ。」
動揺する木下の顔を田中は覗きこむ。
「まぁ確かに口わりぃし見た目普通の癖に何かヤンキーっぽいとこあるけどよ。」
「お前が言うなよ。」
「んだとぉっ。」
事実を指摘されて田中が声を上げるが木下はまぁまぁと笑ってごまかす。田中はすぐ気を取り直してでもよ、と続けた。