第18章 【10年後の木の下で】菊丸英二
気がつくとオレは玄関で靴を履いていた。
出掛けるの?璃音ちゃんによろしくー、そう呑気に言う家族を無視し、慌てて車に乗り込みエンジンを掛ける。
『璃音、飲み会で取引先の御曹司に気に入られちゃって・・・』
そう言った市川さんの言葉を思い出し、心臓が不安で押し潰されるかと思うほど痛んだ。
シートベルトをしながら璃音の携帯に電話を掛けるも、電源が入っていないというアナウンスが流れ、それが余計に不安を煽った。
『相手が相手だけに無碍にも出来なくて・・・、璃音、何とか上手くかわしてたんですけど、この後2人でってしつこくて・・・』
身体中がガクガク震え、不安でイヤな汗が流れ落ちる。
胸を激しい動悸が襲い、息も上手く吸えなくて、チッと舌打ちする。
『途中で菊丸さんに迎えに来てもらいなって言ったんです、いくらなんでも彼氏が迎えにくればあきらめるだろうからって・・・でも電話したけどやっぱり出てもらえないって・・・あの子涙目で笑ってて・・・』
オレ、何であの電話、無視したんだよ、意地張ってないでちゃんとでれば良かったんだ!
璃音、何度もごめんねって謝ってくれたのに、仕事なんだから仕方がないのに、責めるオレを非難もしないで謝り続けてくれたのに・・・!
『さっきとうとう強引に連れて行かれちゃって・・・私、なんとか菊丸さんの番号聞き出して慌てて電話したんです!』
ほんと、いつだってオレはガキのまんまで、自己中でいつも我がままばっか言って、すぐにイジケて無視して、そんで大切なもの傷付けて・・・
『駅前に新しくできた高級ホテルです、ラウンジバーって言っていたから、今ならまだ間にあいます!部屋に連れ込まれたらもう・・・お願いします、急いで!!』
本当、何やってんだよ、自分が意地を張ったばっかりに、璃音にそんな思いさせて・・・ったく、冗談じゃないっての!
頼むから間に合ってくれ、そう必死に心の中で願いながら車を走らせる。
ハンドルを握る手に力がこもり、アクセルを踏む足は小刻みに震えた。