第10章 【Can you marry me?】 手塚国光
* * *
大歓声の中、会場内に彼が入ってくる。
久々に見た、雑誌でもない、テレビでもない、本物の彼に涙があふれる。
彼がコートのベンチへ移動するとき、私をちらっと見たから、頑張って、とだけつぶやいた。
大歓声にかき消され声は届かないだろうけど、私の想いだけはしっかり届きますように。
彼の口元が、あぁ、と動き、そしてそっと微笑んだ。
誰も気が付かない彼の笑顔がわかるのは私だけ。
それだけで私の心は一気に満たされる。
試合はタイブレークの連続で、ファイナルセットまでもつれこんだ。
5時間を超える攻防で、会場内は誰もがコート上の2人の気迫に飲み込まれていた。
私は中学時代のあの一戦を思い出していた。
氷帝の跡部くんとのシングルス1の試合。
あの時のようにどこか怪我したりしないだろうか、そんな不安が頭をよぎり、私は思い切り首を横に振ってそんな考えを追い払う。
彼の試合はいつものことだけど、必死にボールを追い続ける彼を見るのがつらくなることもある。
それでも彼が頑張っている、その彼から一瞬たりとも目をそらしては駄目、私の目に、脳に、心に、彼のすべてを刻み込ませる。
あと一球、あと一球で彼の夢、ウィンブルドンの頂点へと上り詰める。
頑張って・・・負けないで・・・
国光・・・国光・・・国光!!
私が思わず国光!!と声を上げた次の瞬間
彼の打った零式ドロップショットが相手コートにぽとりと落ちて転がった____
一瞬の静寂が訪れた後、一段と大きな大歓声が場内を包み込む。
スタンディングオベーションが沸き起こり、会場全体が一体となった最大級の拍手が彼に送られる。
私はただただ感動して、一人座って泣き崩れた。