第31章 【菊丸の憂鬱】菊丸英二
璃音ちゃん、オレとふたりの時よりずっと楽しそうに笑ってる・・・
大石だって、普段、ニット帽なんてかぶんないくせに、すげー嬉しそうにして・・・
「・・・オレ、帰る。」
気がつくと、もうオレを抑え込む力に抵抗する気力はなくなっていて、もうそれ以上、ふたりのことを見ていたくなくて、そうポツリと呟いた。
だって、こんなの、拷問じゃん・・・
大好きなふたりが、オレを裏切って、すげー幸せそうにしてるのを見せつけられるなんて・・・
すっかり抵抗をやめたオレの言葉に、みんなの声もピタリと止まる。
力が抜けた桃とタカさんの腕の中を抜け出すと、そのままみんなに背中を向けて歩き出す。
チラリと最後に、視線だけ振り返る。
相変わらず楽しそうに笑い合う大石と璃音ちゃん・・・
どんどんと胸に広がる黒い感情・・・
そういや、璃音ちゃんに片思いしてた時も思ったんだ、大石ももしかして璃音ちゃんのこと好きなんじゃないかって・・・
だってオレが璃音ちゃんにちょっかいかける度に、「小宮山さんに迷惑だろ」っていつも怖い顔して怒ってた・・・
そうだよな、璃音ちゃん、こんなにかわいいんだもん、隣で机並べてて、好きにならないはずないよな・・・
璃音ちゃんだって、オレより大石の方がいいのなら、あんとき、なんで「嬉しかった」なんて言ったんだよ・・・
ああ、そっか・・・嬉しかっただけで、別にオレのこと、好きって言われたわけじゃないもんな・・・
そりゃ、大石の方が顔だって性格だって、頭だってテニスだって、オレよりずっといいかんね・・・
なんだよ、だったら最初から言えばよかったじゃん!
そうやってふたりしてオレに気を使って、そんな所まで息ぴったりってかよ!
胸が潰れそうに痛んで、じんわりと涙がにじむ。
慌ててグイッと拳で拭うと、もう振り向かないで走り出した。