第5章 promise
「おい、茶が入ったが」
襖の向こうで山姥切の声を聞く。お茶? と思いながらも理仁は小さく「入れ」とだけ返事をした。すぐに襖は開かれ、室内へと山姥切がお盆を片手に入る。机の隅に、湯呑みをそっと置くとやけに物静かに少し後ろで腰を下ろし正座する山姥切に疑問を抱く。
「どうした?」
何故彼は湯呑みを持ち、わざわざ部屋までお茶を運んでくれたのだろうか。不思議でならなかった。いつも極端に理仁を出来るだけ避け、関わらないように努めているように思えた彼が、自らやってきたのだ。問わずにはいられなかった。
「り、理仁……」
「……ん?」
聞き間違いだろうか。理仁は思わず手を止めてしまった。
「理仁……と、呼んでもいいだろうか」
どういう風の吹き回しだ! と叫びそうになったところで、なんとか押し留めた。理仁は平常心を保ちながら、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「ど、どうした?」
不思議と声が震えてしまった。不覚だ、格好悪い。柄にもなく動揺した声を発してしまい、理仁は頭を抱えたい気持ちになった。しかし山姥切はどうも緊張しているらしく、そんな理仁の変化に気付く様子もなかった。
「あんたと呼んでばかりだと、誰を呼んでいるのかわからないだろう! あ、主と呼ぶのには……まだその、そこまでは認めてはいないわけで! だから……ッ」
「呼びたいんだろう?」
「……っ、ちが……ッ!」
「呼べよ、国広。俺もお前をそう呼んでいるんだ、お前が俺を理仁と呼んでも変じゃないだろう」
そう理仁が微笑めば、山姥切は目を伏せ正座した足の上にぎゅっと握りしめた拳を置いて、一度ごくりと唾を飲み込むとゆっくり口を開いた。