第10章 ◆人の妖化
「 ・・・丁重に扱うんだ
位置をずらすなよ。
そして、壺を替えたなら即出ていけ。」
的場の部下に対して冷たく放つ
健司の言葉を朧気に聞きながら、
ーあぁ、だから。
だから、的場の部下が
さなを見て直ぐに視線を逸らせたのだ。
ーこんなにも血が出てるから・・・。
さなはふと、そんな事を考えていた。
そして
「 さな、
あと少しで楽になる。」
「 ・・・。」
いつの間にかさなの目の前に
跪いていた健司が
心做しか優しい口調でさなに告げた。
「 傷は浅いが、
このナイフには元々
致死量の毒が塗られている。」
刃先から中央付近の刃の部分、
そこだけ赤く染められたナイフを
さなの目の前に持って来ると
口角を上げて説明をする健司。
「 ・・・ふ、ぅ!」
視界が揺らぐ。
目の前に差し出されたナイフも
ボヤけて見えるさなは
何とか踏ん張り、意識を保とうとする。
「 ん・・・ん!」
「 僕に、任せなさい。」
苦しげに呼吸を乱し始めたさなの頬に
暖かい右手を添えながら囁く
端的に見れば優しい健司の言葉。
・・・かと思えば、
「 あまり、大きな傷は付けたくない。」
目的を果たす為
遂行する上では致し方の無いことだと
冷たく言い放ち、
的場の部下が出て行ったのであろう
ドアがチャリと音を立て
閉まるのを確認した健司は
さなの前から退くと
陣の外へと移動する。
「 眠れ、さな。
そして 妖と成り、僕の傍で・・・」
カチャン、とナイフが床に落とされる。
健司は言葉の続きを発するのを辞め
その場に膝をついた。
「 さな、さようなら。
そして・・・」
ーパン!と
健司による柏手が打たれる。
「 ・・・始めるぞ。
新しい 〝式〟 よ。」
その言葉を耳にしたのを最後に
さなは目の前が真っ暗になる。
カクン、と力なく頭を下げ
垂れる髪の間から見えるさなの首筋には
血の気のない青白い肌に
赤く染まる流血の跡だけ。