第1章 Mein Held
「……違う。昔のジャンは、あんな腰抜けじゃなかった。だから喧嘩する理由も無かったわ。ていうか、初めて大喧嘩したのは入団した後。」
アニはその答えに目を見開く。つまり、アグネスとジャンはそれなりに仲が良かった、と言う事なのだろうか。今の二人しか知らない以上、とてもではないが想像が出来ない。
驚きを露にするアニを見たアグネスはふう、と一息ついて過去話をしだす。
「まだ私達が小さかった頃、ジャンはいつも私を守ってくれてた。ほら、私ってチビだし今みたいに強くなかったから、格好なターゲットだった訳よ。よく近所の子にいじわるされてた。でもジャンは、泣く事しか出来なかった私の代わりにいじめっ子を殴り飛ばしてくれてたの。」
「今じゃあ、逆にアンタが男共を蹴散らすようになったって事?」
「アニも人の事言える? 私以上に男ぶっ飛ばしてるじゃない。」
懐かしい記憶にしんみりとしていたが、アニの横やりにアグネスはクスクスと笑う。しかし表情はすぐに引き締められ、アグネスは遠い目をして続きを語った。
「小さい頃は、臭い言い方だけどジャンは私のヒーローだった。いじめっ子から私を何度も助けてくれたし、泣き止むまでずっと慰めてくれた。だからジャンは私の中で正義感のある強い英雄だった。…………でも、いつの間にかジャンは弱くなったよ。いつの間にか、戦う事を放棄するようになった。賢くなった、って言えば聞こえは良いのかもしれない。むやみに自分より巨大で強い者の相手をするのは確かに間違いなく馬鹿げてる。けれど意志の強かったジャンを忘れられないの。保身に回るアイツを、どうしても受け入れられない。結局、私も大それた事をアイツに言っておきながら、本心ではただの我が侭でジャンに怒鳴ってるのよ。」