第1章 Mein Held
「おい。おいっ! しっかりしろ、アグネス!!」
「やっと、なまえよんでく、れた。」
どの道、出血多量で命が尽きるのも時間の問題だとアグネスは自覚していた。死を目前と控えていると言うのに、否、死を目前に控えているからこそ、アグネスは今の状況に喜びを感じている。
訓練兵になってからは喧嘩をする毎日で、ジャンがアグネスの名を呼んだ事はなかった。それが今、他でもないジャンに助けられ、ジャンに名を呼ばれている。決して戻せないと思っていた時間が、再び戻ってきたのだ。無様でも、人生の最期が好きな人に看取られるのならばこれ以上の幸せはない。
「じゃんは、いきて。」
ジャンの意識がこちらに向いている内にと、アグネスは最期にありったけの想いを込めた言葉を送る。それは、不器用なアグネスが不器用なりに言った精一杯の「ごめんなさい」だった。言い争いを幾度もしてきたが、それを全て水に流すように「生きて」欲しいと願った言葉だった。そしてアグネスが生きる希望の無い状況でも、諦めず助けに来てくれて「ありがとう」と言う想いも多いに含んでいた。伝わったかどうかは分からないが、その一言を言えたアグネスは満面の笑みを浮かべる。
思えばいつだってそうだった。幼い頃も何度か口論になって絶交した事もある。けれど、どんなに二人が喧嘩しても、アグネスが困っていればジャンは必ず駆け付けてくれた。いつでも彼女のヒーローだった。今は心にミカサが居ようとも、変わらずアグネスの元へ駆け付けてくれると言うのならば、それで良い。それで満足。
安らかな表情を浮かべたまま、アグネスは息を引き取った。