第3章 4月の風が止む頃
「ただいま帰りました!お待たせしてしまってすみません!」
「…おかえ、りなさい」
「…?どうしたんですか、菊さん…?」
いつもの彼の声はなんだか聞こえづらい。というより、
前よりもずっと、ずっとずっと 遠くなっている。
縁側から桜の木を眺めている彼は振り向きもしない。
ただずっと、一点を見つめている。
私から見える彼の背中はどこか色あせているようで、
一気に焦燥感が込み上げた。
まさかとは思う、信じたくはない。
けれども、あぁ、私か彼が消えてしまう 何故かそう思った。
彼は昨日言っていた。「どちらかが本物で、どちらかが偽物だなんて…ある訳、ありませんよね?」
きっと、すべて知っていたんだ。
あれは、強がりだったんだ。今分かった気がする。
「菊さん、貴方全部知っているのでは… …!」
焦った気持ちを隠せずに縁側へ向かい、彼の肩を強引に引っ張る。
彼の瞳にはたくさんの涙が溜まっていて、ぼろぼろ零れる涙はぽたぽたと垂れて彼の服を滲ませた。袖はそれで濡れている。
私が外に出てから、ここでずっと泣いていたのですか?