第8章 紅茶の飲み方【有馬】
「ん、美味しい」
「本当?!?!」
口に広がる優しい味に笑みをこぼすと、は顔を輝かせる。
自分が飲む前からやたらと気にしていたこのお茶に、何か思い入れでもあるのかと聞いてみたら、彼女は言い淀んだ。
「あ、あのね…」
「ん?」
「そのお茶、私が淹れたの」
なるほど、有馬は合点がいった。
道理で彼女はやたらお茶の味を気にしていたわけだ。
お手伝いさんに教えてもらったのと恥ずかしそうに手をせわしなく動かして言うがあまりにも不安げだったので、有馬は優しく彼女の頭を撫でた。
「美味しいよ、ありがとう」
「…」
しかしそれは、にとっては複雑だった。
幼い時からずっとそばにいてくれた有馬は、確かに兄のような存在。
でも、最近はそれでは物足りなくなってきて。
私を、女としてみてほしい。
そんな欲求が、彼女の中で大きくなりつつあった。
「…燻さん、」
「何かな?…っ」
その思いが、彼女を突き動かしたのだろうか。
身を乗り出して、正面に座る有馬に触れるだけのキスをした。
それは唇を押し付けるだけの、甘さの欠片もないキス。
でも、有馬の中の何かにヒビを入れるには十分なキス。
「…、ちゃん?」
頬を赤らめて、ぎゅっと目を瞑ったには有馬の呟きのような呼びかけは届いていない。
まだ幼くて、恋愛なんて出来ない生活を送ってきた。
唯一の外との繋がりは有馬で、ただ1人関わる父以外の男性にほのかな思いを抱くのは当たり前といえば当たり前なのだ。
「…妹で、いてほしかったんだよ」
「…燻さん?」
彼女が外を知ったら、自分のことなんてすぐ忘れるのではないだろうか。
その不安が、有馬の心を縛っていた。
そして、妹だと自分に言い聞かせることでその鎖を頑丈なものへと変えていたのに。
「君が悪いんだよ……」
君が俺を"男として"求めるなら。
俺は………。
「燻さ…っ」
自分の名を呼びかけた彼女の唇を塞ぐ。
我慢していた思いを伝えるように、強く抱きしめながら。