第8章 紅茶の飲み方【有馬】
「燻さん!来て下さったのね!」
「やぁ、ちゃん。今日は元気そうだね」
有馬燻がある家のチャイムを鳴らすと同時に、1人の少女が飛び出してくる。
。
体が弱く、幼い頃から家の外に出ることを止められていた彼女。
そんなの暇つぶしになってやろうと、親同士が知り合いだった有馬は時折この家にやってきていた。
初めて出会ったときはまだ6歳だったも今年で15歳なのだから、時が経つのは早いものだと有馬は思う。
それでも、幾つになっても自分を慕ってくるこの可愛らしい少女は今も変わらず妹のような存在だった。
「あら、燻くん。いつもありがとう」
「こんにちは、叔母様。これ良かったらどうぞ」
に引っ張られて中に入ると、彼女の母親がいた。
手渡した土産はマカロンで、生徒会の1人である下呂阿古也が気に入った店の新商品らしい。
皆さんにもあげますよと貰ったものだった。
阿古也が美味しいと思うものなら彼女にも食べさせてやりたいと持ってきたのだが、どうだろうか。
自分の持ってきた土産を覗き込み、顔を輝かせるは普通の中学3年生と変わらない。
この子が、時に風邪1つで生死の境を彷徨ってしまうなんて想像できなかった。
「ごめんなさいね、あの子ったらあなたが来るだけであんなにはしゃいで…」
「いえ、そこまで好かれてるなんて嬉しいですよ」
土産の袋を手にどこかへ行ってしまった彼女を見ながら、彼女の母は困ったように頬に手を当てる。
それに苦笑と共に言葉を返すと、そう言ってくれると嬉しいわとほんの少し口角を上げた。
「お母様、燻さんは私に会いに来たのよ、邪魔しないで!」
「はいはい、じゃあ燻くん。ゆっくりね」
「はは…ありがとうございます」
カップとティーポットがおかれたトレイを手に戻ってきたは有馬と母が仲良さげに話しているのを見て頬を膨らませた。
彼が来る回数はそんなに多くない。
だからその日はずっと自分といてほしいのに、という我儘とヤキモチからなのだが。
母が去った後、有馬をソファへと促してカップに紅茶を注ぐ。
それを彼に差し出し、彼がその紅茶を飲むのをはじっと見つめた。