第1章 そばにいるから【草津】
「きんちゃん!」
「っ…か、その名で呼ぶなと何度も言っているだろう」
学校から帰ってきた彼を出迎える。
幼馴染みだから互いの家への出入りは当たり前で、何の連絡もしないで草津邸に上がりこむことを錦史郎は怒ったりしない。
昔からそうだった、私が何をしても基本的に彼は許す。
でも最近の彼は一つだけ決して許さないことがあった。
「熱史くんと…仲直りできてないの?」
「…君には関係ないだろう」
昔の呼び名で呼ぶこと。
きっとそれは、現在同じ高校に通っているもう一人の幼馴染みとの溝が埋まっていないから。
鬼怒川熱史。
優しくて、頼りになる彼の一番の友人だった。
それは今でも変わらないと思うけれど、彼はどうしても熱史くんに対して許せないことがあるみたいだった。
何度も聞いてみたけれど、その度に先程のように返されて、絶対に教えてはくれない。
確かに関係ないかも知れないけれど、大切な人達がすれ違っているのは本人と同じように見ている側も辛いのだ。
もう一度、彼らが共に過ごしているのが見たいと思うのは、私の我儘だろうか。
いっそ男子校だが眉南高校に潜入して探ってやろうかと思案していると、いつまでも黙っている私が傷付いたと思ったのか、錦史郎が頭を撫でてきた。
「すまない、君に当たることじゃなかった」
その手つきは優しい。
昔と変わらない優しさ、昔と変わらない温かさ。
錦史郎は全然変わってないのにどうしてすれ違うのだろう。
もう一度尋ねてみようかとも思ったけれど、彼に撫でられるのは心地よくて、今はそれに身を寄せることにした。
優しいから、辛く当たることなんて出来ない。
相手を傷つけると、同様に自分も傷つく。
そんな繊細で、優しい錦史郎は私の誇るべき幼馴染み。
そして私の、大好きな人。