第64章 魔性の女
「ッ!」
私は、振り下ろされた拳を避けるかのように目を開けた。
良かった……夢か……
……嫌な夢、だった……。
じっとりと汗をかいている。
確かにあれは私だった。
小学生になったばかりの頃……だったはず。
あの、男のひとの顔も覚えていた。
でも今夢を見るまで、思い出せなかった。
記憶になかった、と言えばいいのだろうか。
幼少期のぽっかり抜けた記憶が、なぜ今こんなに突然、断片的に戻るのだろう。
高校生の私が、小学校高学年や中学校時代の記憶も朧げというのは、少しおかしいのではないか。
今までは、忘れたい事の方が多かったから、追及しようとは思わなかったけれど……。
何か、今日1日でいつもと違う事はあったっけ。
あったと言えば……今日……スズさんに、あんな風に言われたこと。
全く思ってもいない事だったから、酷くショックとかそういう事はなかったけれど、その言葉はどこか頭の奥を刺激するような、そんな響きがあった。
……昔から、お母さんの恋人は、皆何かしら私にちょっかいをかけてきた。
殴ったり、身体を触ったり。
言いたくないような事をされた事もある。
……お母さんからは、露出のある服は絶対に着ないように、厳しく言われていた。
男を誘うからって。
可愛い格好もしないように言われていた。
……そうだ、言われたんだ。
どうして今まで忘れていたんだろう。
お母さんに、言われたんだ。
"お前は魔性だ。
お前を見ると、男は理性を失くして狂う。
お前は男を惹きつけて惑わせる"
そうか、私が悪かったのか。
お母さんはいつも正しかった。
やっぱり私が悪かったんだ。
だから、酷い目に遭うのか。
……忘れたままでも、良かったのに。