第45章 欠落
入院の期間は意外にも短くて済むらしい。
それからは暫く通院治療に加えて、安静生活ということだった。
黄瀬は安心したが、みわと会話をしているとどことなく違和感を感じた。
「早く退院して、おばあちゃんのご飯食べたいな」
最初は気にならなかった。
祖母も、またいらっしゃいと笑顔で応じた。
「たった数日なのに、もうしばらく食べていないような気になっちゃって」
……やはり何かがおかしい。
黄瀬の背筋を寒いものが走り抜けた。
「オレも、早くみわの手料理が食べたいっスわ」
なんとはなしにそう言ったが、みわが不思議そうな顔をした。
「……さっきから思ってたんだけど……私、黄瀬くんに下の名前で呼ばれてたんだっけ」
「……?」
質問の意図が全く掴めなかった。
「神崎っち、だったよね? 今日はそうじゃないなって。あ、なんとなく思っただけなんだけれど」
神崎っちとは、それこそふたりが出会ってすぐ、黒子と一緒に黄瀬の家に行くまでの短い期間しか使っていなかった呼び名である。
「……」
「あと、うちに来た事あったっけ? ごめんね、バスケ部の皆で来てくれたのかな? 後遺症かなあ……何作ったかとか思い出せなくて」
これには祖母も驚きを隠せなかった。
みわは何を言っているのか。
今、みわと黄瀬は同じ家に住んでおり、その事は祖母にも報告してある。
ご飯は当番制にして、いつも美味しいご飯を食べさせてくれたではないか。
何度も交わり、熱い夜を過ごしたではないか。
「……みわ、いま、彼氏は?」
その当の彼氏が彼女に問う質問としてはおかしなものだとは分かっているが、聞かずにはいられなかった。
みわは俯きながら答える。
「……私、男の人は怖くて……彼氏とか、いらないんだ。多分前に、言ったよね?」
ここでやっと黄瀬は事の重大さを認識した。
みわの記憶からは、黄瀬と恋人同士だったという部分がぽっかりと抜け落ちていた。