第83章 掌中の珠
「涼太……私、引越しすることに決めたの」
「お、そうなんスか」
あれからまた少し経って、月が変わった。
まだまだ暑いけれど、8月の地獄のような暑さは若干和らいでいる気がする。
お気に入りの個室カフェで、ミルクレープを口にしてからみわはそう話しだした。
あの事件があってから、かなり悩んだらしい。
あきサンからの話では、家の中でもかなり気持ちが落ち着かない状況で、いつも疲れた顔をしていたのだという。
電話では気丈に振る舞っていたんだろうけど、少しほっそりしたフェイスラインに、薄いメイクでは隠しきれない目の下のクマ……こうして会うとすぐに分かる。
さっさと決めてしまえばいいのにと思っていたが、みわの性格からしてそう簡単には決断出来なかったんだろう。
あんまり気に病ませることもしたくなくて、オレから声掛けをするのは控えてた。
「いいんじゃないスか、今んとこずっといるより。物件はもう探してんスか?」
「うん……あきにもお願いして、そんなに場所は離れてないけれど、同じような条件の家にしようかって」
みわが、なんのアテもなくオレに報告はしてこないだろう。
ある程度先が決まったから、報告に来た。
彼女は、そういう女性だ。
「ん、そりゃ良かった。時期は決めたんスか?」
「うん、今もう空いてるみたいでね、今月中には引っ越そうかなって。夏のこの時期は入居も少ないみたいで、フリーレントもある上に家賃値引きもしてくれるみたいで……」
「おお、いいトコ見つけたんスね」
「うん、おかげさまで」
そう言ったみわは、少しホッとしたような表情だ。
オレとしては今すぐにでも引越しして欲しいけど……。
「引越し手伝うっスよ」
「ううん、大丈夫。荷物は全然ないし、大きな家具家電はマクセさんがお手伝いしてくれるって」
「はぁ? マクセサンが?」
なんでアイツがと言いかけて、みわは普段から彼と行動しているのだと気付く。
まあ、うん、そりゃ、そうなんのかもしんないっスけど……。