第82章 夢幻泡影
って、閑田さんはまた時々、涼太の名前を出す。
つい反射的に答えてしまった。
他にひとがいないところで良かった……。
「なんか俺、まだ信じられないんだけど。マジで付き合ってんの? どう考えたって、合うタイプじゃないだろ」
彼の疑問はもっともだ。
何より、私が一番不思議に思ってる。
「みわがグイグイ行くのは想像出来ないもんな。なんか向こうからゴリ押しされて付き合ってる感じ? いや、それにしたってピンとこないよなあ」
ゴリ押しとかそんなんじゃなくて……なんていうんだろう、きっと涼太はダメダメな私を放っておく事が出来なかったんだと思う。
優しいんだもの、とっても。
「話とか合いそうな感じしないよな」
「……そう、ですよね……」
涼太と一緒にいる時の会話……バスケの話がやっぱり多いけれど、この間行った美味しいお店のお話とか、面白いドラマの話とか……特になんか、特別な事を話してるわけじゃないんだよね。
もしかしたらあれは、涼太が私のレベルに合わせてくれていたんだろうか……?
世の中の恋人達は、どんな事をお話ししてるんだろう?
「みわは、他に気になる奴とか出来た事ないわけ? 告白されて気持ちがちょっと揺らいだりとか」
告白されて……告白、その単語を聞いて淡い水色の髪の彼が思い出された。
黒子くんから想いを伝えられたあの時、ただひたすらに申し訳ない気持ちしかなくて。
「気持ちが揺らいだり……ない、ですね」
涼太以外のひとを好きになるのが、想像もつかない。
こんな気持ちは全部涼太が初めてで、彼が教えてくれたことだ。
「はー、そんだけ想われてんのが羨ましいわ」
「羨ましい……?」
その意味を問う間もなく、閑田さんは話し続ける。
「でもそんなだと、失った時のダメージがデカいよな」
閑田さんは、トレーニングメニューが書かれた紙に目を落としてそう言った。
それからその話題が上る事はなかったけれど、彼のその言葉が、何故かいやに耳に残った。