第82章 夢幻泡影
固唾を呑む、とかそういう事じゃなく、文字通り、固まってしまった。
全神経が目に集中してしまったかのように、それ以外の器官が活動を停止してしまったかのよう。
鍵が開いた、という事はドアの向こう側に誰か、ひとがいるという事を表している。
今出て行ったひとが、戻って来たんだろうか。
身体は1ミリも動かないまま、ゆっくりと開いていくドアと壁の隙間に、視線が釘付けになってしまっていた。
少しずつ視界に入って来たのは……
「……え?」
「あ、起きたんスか? おはよ、みわ」
「涼……太?」
涼太、だ。
その手には買い物袋を下げている。
「こんなトコで何してんスか? 暑いでしょ、部屋戻ろ」
「あ、……う、うん」
なんだ……びっくりした。
涼太が来てくれたんだ。
「涼太、どうして鍵を持ってたの?」
「ん? 朝ご飯のパンでも買おうかと、ちょっとコンビニ行ってたんスよ。緊急じゃなかったんスけど、ポストから拝借」
我が家のポストには、手が届かない所に、セロハンテープで封筒が貼り付けられている。
その中には、合鍵が一本。
もし何か不手際があって鍵がなかった場合に、家に入れるようにしたんだ。
涼太にはポストの番号を伝えてる。
あきは、"困ったらパシリにするからいーよ"なんて言いながら快諾してくれた。
困った時だけ利用するようにと、きちんと約束して。
私の鞄を見るのが悪いと思ったのかな……。
……ん?
「白湯飲む? みわ。水の方がいいっスか?」
「あっ、うん、白湯をいた、頂きます」
お気に入りのマグカップに入れられた白湯を口にする。
不思議だ。
あれだけ不安で荒れていた気持ちが、涼太が来てくれただけで落ち着いてきた。
少し、頭の中を整理しなきゃいけないんだけれど……。
「二日酔いにはなってないっスか?」
「うん、それは大丈夫」
「珍しいっスね、あんなに酔うなんて」
「…………え?」
涼太の発言の意味が分からない。
というか、もう全部分からない。
状況を説明しなきゃ……やはりこれは、順を追って伝えないと。