第81章 正真
「すげえ顔してんぞ」
後ろからそう声をかけられて、跳ねるように顔を上げた。
「おあ……センパイ、いたんスか」
「いちゃわりいかよ」
「いえ、そうじゃないんスけど」
「けど、なんだよ」
「いえ……」
腕を組んで口をへの字に曲げているのは、うちのキャプテン笠松センパイだ。
みわと電話をしていたのは、シャワーを済ませて戻って来た更衣室の中。
もう誰もいないと思って油断していた。センパイが戻って来てたとは。
「電話、神崎とじゃなかったのかよ」
「いや……みわっス」
「終わった後に人でも殺しそうな顔してたから何かあったのかと思ってよ。大丈夫か」
終わった後……頭に浮かんだのは、アイツ……閑田の顔と交わした会話だ。
奥歯を強く噛み締めすぎて、少し頭が痛んだ記憶しかない。
誰もいないと思っていたから、表情にまで表れていたらしい。
「さすがっスね、センパイ。でも大丈夫っスよ、みわとは順調なんで」
「ふーん、ならいいけど」
センパイは、何をするでもなくドアの前に立ったままだ。
「それよりセンパイ、何か用があって戻って来たんスか?」
「いや、今森山から連絡があって、これからメシ行く事になったんだけど、アイツがオマエを呼べってうるさくてよ。行くか?」
「あー……」
「無理ならいいよ。無理すんなよ」
みわに要らぬ心配をかけた事で、少しテンションが下がっている。
このまま家に帰って寝たい気もするけど……
「いや、大丈夫っス。行くっス。行きます」
「ん、じゃあそう返信しとく」
気持ちに余裕がないのは良くない。
センパイ達と飲んで、ちょっと切り替えよう。
許さない。
みわを傷付けるヤツは。
たとえそれが、自分自身だとしても。