第81章 正真
黒いボストンバッグの持ち手がぐぐ、と肩に食い込む。
紙は1枚だとあんなに軽いのに、いっぱい集まるとこんなに重くなるなんて、なんだか不思議。
私も小さいことをいっぱい積み重ねて、重みのある人間になりたいなぁ。
「みわ……荷物多すぎじゃね?」
「そう、ですか?」
閑田選手は頬を引きつらせている。
そんなに珍しいことなのかな……?
「毎日こんなん持ってんの? しんどくね?」
「あ、でもホテルはすぐそこなので」
「体調悪いんだろ、持つよ」
肩に掛けたバッグに手を掛けられて、慌てて身を引いた。
「いえ、大丈夫です!」
語気を強めてそう伝えたけれど、閑田選手が引き下がる様子はない。
「いーんだよこういう時は、きゃー助かりますって甘えれば」
「とんでもない!」
重い足をなんとか引きずって後ずさりをするけれど、身軽な彼との距離は縮まるばかりだ。
「なんでそんな頑ななんだよー」
「だって! 重い物を持って腕を痛めたら大変です」
その発言で時が、止まった。
閑田選手は先程の笑顔のまま、固まってる。
「……もしかして、それが理由で断ってんの?」
「……他に理由があり、ますか……?」
閑田選手はすぐに返事をせずに、ぶはっと吹き出した。
「いや、参った! マクセさんから選手を想う気持ちは人一倍って聞いてたけど、なるほどねー。お気持ちはありがたいんだけど、男ってそんなヤワじゃないから」
閑田選手の笑いに気を取られて一瞬力が緩んだ隙に、彼はまた鞄を持とうと手を伸ばす。
「あっ、だ、だめです! そんな事言われても、何があるかなんてわからないじゃないですか!」
選手を守る……なんて大層なことは出来ないけれど、余計な怪我を招くような事は絶対に控えないと。
そこで散々押し問答をして、閑田選手がやれやれと諦めてくれたのは更に時間が経ってからだった。