第78章 交錯
ふっ、と意識が浮かび上がってくる。
それなのに瞼は重くて、なかなか開けようという気が起きない。
「……はい」
その小さな返事はみわの声。
聞こえてくるのは……過度の寝不足、とか栄養状態が悪い、とか点滴とか。
と言う事は、この低めの声の男は、医者か。
そっか、病院に連れて来て貰ったんだったな。
靄がかかったような頭で色々考えようとするけど、どれもうまくいかなくて。
うっすらと目を開けると、あたりの白さに驚き、再び瞑った。
それほど広くない病室、右側には隣のベッドとの境であろうカーテン、左側には青空が覗く窓。
太陽と白の共同攻撃は、寝不足の目には強すぎる。
そうこうしているうちに、みわと医師らしきヒトの会話は終わり、気配が動く。
ダルイ身体を投げ出したままにしていると、柔らかいものが右手に触れた。
冷たい。
みわの手だ。
「……よかった」
きゅ、とその小さな手に力を込めると、みわはぽそり、そう呟いた。
「……よかった……」
次に聞こえたその呟きは、最初のものよりもずっと水分を含んでいて。
迷惑かけてゴメンとココロの中で謝った。
なぜか、手はすっと離れていってしまう。
どうしたのかとゆっくり目を開けると、みわは窓際に向かって歩いていた。
オレが目を開けた事には気が付いていない。
窓でも開けようとしてるのか?
自分の左手から管が出ているのを見て、一瞬驚いて、ああ点滴かと気づいて……ノンキなコトを考えていたら。
「……ッ……」
みわが、泣いていた。
窓際で、外を向いて、手の甲を口に当てて声を押し殺して、肩を震わせて泣いている。
ぽろぽろと頬を離れた涙が、太陽光にさらされてキラリと煌めいて。
あの時一緒に見た星みたい……なんて、また場違いな感想を抱いて。
ごめん、もう大丈夫だから
そう言って後ろから抱きしめてあげたいのに、今のオレにはできなくて。
きっと必死で我慢していたんだろう。
本当は、顔を見たあの瞬間に泣き出したかった筈。
落ち着いて、我慢してたものが決壊してしまったんだろうか。
強いみわの、弱い部分。
弱いみわの、強い部分。
彼女の涙には気がつかないふりをして、そっと目を閉じた。