第75章 ※章名については1627Pをご覧下さい
みわのお祖母さんちが近付いてくる。
無機質な窓枠の外では桜の花びらが踊って、見慣れた景色に淡く色付けをしているようだ。
みわの右手を握っている左手が、熱い。
道路の凹凸に合わせて上下する車体の揺れが、心臓の鼓動をごまかしてくれてるのか。
窓の外を見るフリして、みわの顔を見ないようにしてる。
……。
離せない。
離したく、ない。
この手を離したら、二度と掴めないかもしれない。
そんな風に思うのは、先に待つのが未知の……みわと出逢った世界とは、全く異なる世界だからか。
卒業式なんかよりもずっとずっと、こころに重しがついたみたいに、重い。
「みわちゃん、ここでいい?」
「はい……ありがとうございます!」
後部座席を気遣った緩やかなブレーキとともに、車はみわのお祖母さん宅の玄関前に停車した。
「私、喉渇いたから、そこの自販機で飲み物買ってくるね〜」
散々コーヒーを飲んだはずの姉ちゃんが気を利かせてくれて下車したと同時に、オレたちは声もなく抱き合った。
許可を得るようにみわの下唇に親指で触れると、許可するように彼女が小さく頷く。
緩く、柔く唇を重ねた。
呼吸を奪うような口づけではなく、一緒に呼吸をするような。
この熱を、ずっとオレのものにしたい。
一生を……共にしたい。
でもその誓いは、オレが……一人前の人間になってからだ。
今はまだ、親のスネかじりをしている時期。
こんな中途半端な状態で、彼女の人生を縛るようなマネは出来ない。
もう少し……もう少し待ってて、みわ。
まだガキなオレの、小さな誓い。
左手の薬指と右耳のピアスに、口づけを残した。
目の前、広がるのは新しいステージ。
踏み出した一歩は、どこに繋がっているのか、まだ分からない。
前を見て、ただまっすぐ、歩いていくだけだ。
でもオレは、過ぎ去った景色も、
全部、全部忘れない。
この出逢いが、
オレとみわの、
すべての──
──始まりだったから。
75章 『始まりの終わり』 完