第74章 惑乱
「神崎か? 少し気分が悪いとかで、保健室で休んでるぞ」
短い時間のホームルームの後、担任のその言葉を聞いて、オレは保健室へ駆け出した。
下校する生徒たちの波を押し退けながら、辿り着いた保健室は静まり返っていた。
ドアには"寝ている生徒がいます。お静かに"と書かれたプレートがかかっている。
いくつかベッドが並んでいるが、一箇所だけカーテンの閉められたベッドがある。
そろり、カーテンがレールを滑る音がしないように、中を覗いた。
「……あ、涼太?」
目を開けて横になっているみわと目が合ってしまった。
「ゴメン、寝てるかと思ったんスけど。
大丈夫っスか?」
本人が寝てないならいいやと、音も気にせずカーテンをめくって中に入り、隣に置いてあるパイプ椅子に座った。
「うん、ちょっと貧血でクラッと来ちゃって……念の為、休ませて貰ってるだけ」
「そっか」
姉ちゃんもよく、貧血って言ってたな。
そう言いながら触れた指先は、驚くほど冷たい。
貧血……ってのもあるだろうけど、違う。
それだけじゃない。
「みわ」
「……涼太に誤魔化しても仕方ないよね。なんだか……皆があの事件の事、知っている気がして。そんな訳ないんだけど、赤司さんもちゃんと手回ししてくれて、大丈夫だって分かってるんだけど」
アザが残っていた顔や身体は、知り合いのメイクさんに頼んで、特殊メイク用のファンデを塗って貰っている。
センセー達には怪我をしたという事だけは話してあって、素顔で出るよりもいいだろうという判断だった。
でも……体育館で飛び交っていた噂話。
あのボソボソと聞こえる音声ですら、みわには辛いものだったんだろう。
「そう思ったら……足が震えちゃって。ダメだね、こんなんじゃ」
自嘲気味にそう言うみわの手に、自分の指を絡ませた。
「ダメじゃねえって……頑張ってたっスよ、みわは」
いつも、頑張りすぎってくらい、頑張ってるでしょ。
「ホントにさ、無理だけはしないで欲しいんスけど。ちゃんと、センセー達にも体調が悪いって言えばさ」
「ありがとう、涼太。
大丈夫……高校生活最後のお仕事、見届けて、欲しい」
そう言ったみわの瞳は真っ直ぐ前を……先を見据えていた。